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SAコラム

「SAコラム」は、サイエンス・エンジェル(SA)たちが、自分の研究の様子や普段の生活などを語り、女性科学者(大学院生)としての日常を紹介することで、 多くの女子高校生(及び大学生・中学生)に“私もやってみたい”“理系っておもしろそう”と感じて頂く為に企画しました。一般の方にも科学の面白さをお伝えできれば幸いです。

vol.12 牛の放牧、草地のネズミ
農学研究科 応用生命科学専攻 陸圏生態学分野 丸山 紗知

私の研究フィールドである「草地」という単語は、一般の人にはあまりなじみのない単語だと思います。サイエンス・エンジェルになってから、自分自身の研究について話す機会が増えたのですが、「草地(そうち)に生息している小型哺乳類の研究をしています」と話すと、「装置(そうち)に生息している小型哺乳類……?」と、多くの人が「草地」という単語を「装置」に置き換えて誤解をしてしまいます。人工的でメカニカルな装置にネズミがウロチョロ。巣材はケーブル。装置壊れそう。ネズミが感電しちゃうよ。などと、そのミスマッチな関係を妄想するとちょっと面白いのですが、私の研究フィールドはあくまで、放牧や採草に利用されている草原のことを指す「草地」になります。

私が所属している陸圏生態学分野の研究室は、鳴子温泉川渡(かわたび)にある「東北大学大学院農学研究科附属複合生態フィールド教育研究センター複合陸域生産システム部」内にあります。正式名称42文字はまるで早口言葉です。ちょっとツライです。東北大学の所有敷地面積の約96%がここにあり、私たちはこの広大な研究フィールドを舞台に、「放牧」をキーワードとした研究を主に行っています。

放牧と聞くと、モンゴルでの遊牧や、牧歌的な風景が広がっているヨーロッパアルプス、そして日本においては北海道のような広大な土地での放牧を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。ですので、先駆的な研究イメージがあまり湧かず、「放牧研究」と言われてもピンとこない人が多いのではないかと思います。

しかし放牧は、食料自給率の向上、食料の安全性向上、省力効果、家畜の健康増進、地球温暖化防止機能、生物多様性の保全等、様々な多面的な機能を持っています。そのため資源循環型畜産の中心技術として、近年見直されつつある家畜生産方法なのです。

私は今、放牧がもつ「生物多様性保全機能」について、小型哺乳類の視点から研究をしています。一般的に適度な放牧は、家畜による採食、踏みつけ、排糞などを通じ、草地の生物多様性に正の効果をもたらすと言われています。しかし日本では、草地における小型哺乳類についての研究が少なく、あまりその生息実態が明らかになっていません。そのためその効果が小型哺乳類にもあてはまるのかどうか、家畜が放牧されている草地は、小型哺乳類にとって本当にすみやすい環境なのかどうか、実際は分かっていないのです。

手元の温度計は45℃を突破。その上体感温度を上げるセミの大合唱。ヒグラシなのになんで真っ昼間から元気に鳴いているのさ、と、まったく罪のないセミにさえ文句を言いたくなるような、うだる暑さの放牧草地。そんな中、草地を這いつくばってネズミの生息痕跡を探していると、想像以上の痕跡の多さにびっくりします。そして、草地に仕掛けたトラップの中にネズミがいた痕跡(糞や食痕)が残っているのを確認して、とたんに嬉しくなります。こんな暑い中でも生きているんだなあ、と思うと、本来ならばまったく嬉しくないネズミの置き土産にすら、愛おしさを感じてしまいます。

ただ単に放牧草地として眺めていたものが、自分の中で意味を持った対象物になった時、眺めていただけの時には見えなかったものが見えるようになります。すると、さっきまではうるさいと感じていたセミの鳴き声も、にわかに清涼剤に変わるのです。

写真1:フィールドセンターでは夏山冬里方式(なつやまふゆさとほうしき:夏から秋にかけては山で放牧、冬から春にかけては畜舎で飼育する方式)で肉用牛を飼育しています。牛たちを放牧地にあげることを「牛上げ」といいますが、毎年5月上旬に、フィールドセンターでは牛上げをしています。この写真はその牛上げ作業の様子です。
写真2:毎年春に、山の上の放牧地で有刺鉄線を張り巡らせ、牛が出ないようにします。しかしそのままにしておくと、牛を放牧しない冬の間は雪の重みで切れてしまう恐れがあるため、秋にはまた外します。(写真は春の有刺鉄線張り)
写真3:私の愛すべき対象動物の一種であるハタネズミ。なかなかトラップに捕まってくれません。最近雰囲気や顔がハタネズミに似てきたと言われます。



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