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SAコラム

「SAコラム」は、サイエンス・エンジェル(SA)たちが、自分の研究の様子や普段の生活などを語り、女性科学者(大学院生)としての日常を紹介することで、 多くの女子高校生(及び大学生・中学生)に“私もやってみたい”“理系っておもしろそう”と感じて頂く為に企画しました。一般の方にも科学の面白さをお伝えできれば幸いです。

vol.25 花開け*夢の種
生命科学研究科 生態システム生命科学専攻 植物生殖遺伝分野 平井 雅代

こんにちは。生命科学研究科 博士後期課程3年の平井雅代です。
 私は単子葉植物の花芽や花弁状器官(要は花びらっぽいモノ)がどうやってできるのか?それにはどんな遺伝子が関わっているのか?という研究をしています。
 私たちの周りには、様々な色や形の花があふれています。こんなに様々な花々は、一体どうやってできるのでしょうか?
 高等な双子葉植物の花は外側からがく片、花弁、雄ずい、雌ずいを持っています。このような花を作る遺伝的な仕組みとして、今からだいたい20年前、アメリカのジョンという大学院生が(ホントです。)、Aでがく、AとBで花弁…のようにA B C 3種類の遺伝子の組合せで4種類の器官ができるというABCモデル(写真1)を考え出しました。シロイヌナズナやキンギョソウといったモデル植物での研究を基に提示されたこのモデルは、今では高等な双子葉植物ではほとんどのケースで当てはまると考えられています。

ただ、花の多様性は、進化論のダーウィンが“ abominable mystery ”(忌々しいほどのミステリーだ!)と言うほどで、まだまだ説明できない謎をはらんでいます。例えば、花の中にはがくの無いものってありますよね?ユリとかチューリップとか…アヤメやスイセンの花も持ってないですね?
 そんな“がくを持たない花が多い単子葉植物では、どんなしくみで花が作られているのだろう?”という謎を解くために、私はがくみたいな緑色の器官を持つチューリップ(写真2)や、花が咲かずに葉ばかりがわさわさ出てくるアルストロメリアの園芸品種(写真3)を調べています。華やかな大輪の花などでなく、なぜそんな地味な花(?)ばかりに夢中になるのかというと、“花弁の代わりにがくっぽいものが出来るということは、花弁を作る遺伝子が働いていない”、“花が出来ないということは、花を作る遺伝子が働いていない”と言えるからです。つまり、花ができるしくみを知りたいなら花ができない変異体を調べよう!というわけです。

小さい頃から祖父母の家庭菜園に囲まれて育った私は、花や野菜が大好きでした。それで、「花や野菜の品種改良がしたい!」と思って北海道大の農学部に入学しました。(実はそんなにストレートでなく、絵を描くのも大好きだったり、鳥の求愛行動にも興味があったり、色々迷いに迷っての末だったわけですが…)
 しかし、その後わたしの興味は品種改良から花のしくみを調べる方へと移って行きました。まず、大学1年の講義の中で、とても印象に残ったものがありました。それはショウジョウバエという動物のモデル生物の話で、「遺伝子の中にも下っ端と親玉がいて、“転写因子”と呼ばれる親玉遺伝子は司令塔として部下の遺伝子達を動かすため、たった1つの遺伝子の変化で触角が足になったり、翅が4枚になるといった大きな変化が起こる。」という話でした。ちょっとグロッキーなハエの姿に、遺伝子の変化に対する怖さを感じながらも、ゾクゾクするような面白さを感じて、授業の帰り道はハイになって無意味に自転車を立ちこぎですっ飛ばしたのを覚えています。
 でもやっぱり植物がやりたい…と思って進んだ学科の授業で、植物での転写因子、つまり、上に書いたABCモデルの遺伝子達と出会うことができました。残念ながら当時私の学科には“花の遺伝子を調べる”研究をしている研究室はありませんでしたが、 “植物をシャーレの中などで培養する(育てる)”研究室で、運良く(?)あのABCモデルのBの遺伝子を、培養した植物細胞に導入するテーマをいただけました。結局卒業研究での遺伝子導入はうまくいかなかったものの、院では“遺伝子を取ってきて調べる”研究室を選ぶ旅に出るきっかけになりました。そして全国縦断研究室巡りの末、今の研究に辿り着いたのです。

 研究をしていて良かったことを3つ挙げると、
 一つ目は、“世界が輝いて見える”ということです。今まで何気なく見ていた大学構内のツツジに、がくの代わりに花弁が出来ている二重咲きの株(写真4)を見つけて興奮したり、アジサイのがく(花弁に見えているのは実はがくです)を見つめてみたり…端から見たらただの変な人ですが、本人は面白くて仕方が無いのです。花がただ見た目に綺麗なだけでなく、多くの謎を秘めた植物の知恵の結晶として、きらきらと輝いて見えるのです。
 二つ目は、“自分の生きた証を残せる”こと。自分が取ってきて、データベースに登録した遺伝子や、発表した論文は、記録としてずっと残ります。それは自分にとってかけがえの無い、大切な宝物です。そして、たとえ今すぐに人の役には立たなくとも、地道な色素の基礎研究から青いカーネーションやバラができたように、応用研究には基礎の理論が不可欠です。インターネット上のデータベースの中に自分の取った遺伝子をみつけた時、小さいけれど、確かに人類の知識の1ページを書き残せたのだという手応えを感じて嬉しくなってしまいました。
 そして最後に、一番身近で、一番の喜びは、“誰も知らない真実のカケラを一番に手にすることが出来る”ということです。実験して今日とった結果は、世界中でまだ自分しか持っていない花の種なのです。どんな小さくても、常に新しい発見をするチャンスがあるのだと思うと、実験結果が出るたびにワクワクします。
 皆さんも、一度このワクワク感を味わってしまうとクセになること間違いなしですよ♪
 それぞれ興味があることは違うと思いますが、自分だけの花の種を探して、育ててみませんか?

写真1: シロイヌナズナの花とABCモデルです。
写真2: 緑のチューリップ達。
写真3: アルストロメリアと私。右手前の葉ばっかりのやつが変異体品種で下のピンクの花が野生種です。
写真4: 左が普通のツツジで右が二重咲きツツジ。がくが花弁になってるの、わかりますよね?



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